「一生役に立つ」戦略的な思考力を養う日本史の実践道場

愛教大の傾向と対策

愛知教育大学の日本史(傾向と対策:過去問研究編)

☆愛教大の教育学部では、二次試験に日本史が課せられ論述問題(とくに社会科をめざす人はかなりの長文論述問題が課せられます)も多数出題され、その出題形式も他大ではあまりみられない独特な大問も過去たくさん出題されています。それゆえ、本格的な愛教大日本史対策をやった人とそうでない人とでは、得点差が大きく開く傾向にあります。

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それでは、実際に2015年2月の愛教大の本試験問題をじっくり読んでみましょう!

以下に本試験問題を掲載しました。実際に解くとなると大変ですから、まずはどのような問題形式なのかを本試験問題をしっかり読むことで「実感」してほしいと思います。大学受験の合格戦略で最重要な視点は、「相手を知ること」です!

なお、愛教大の社会科や国際文化などをめざす受験生と吉田との相性がとてもよく多数の

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教育学部(初等教育(教育科学/音楽/美術/保健体育)/中等教育(音楽/美術/保健体育)/養護教諭/現代学芸(国際文化))…【1】【2】

教育学部(初等教育(社会)/中等教育(教育科学(免許社会)/社会))…【1】【2】【3】【4】

 

【1】 2015年 日本史 愛知教育大学 2/25,前期日程 教育学部共通問題

次の史料を読んで,以下の問いに答えよ。

1 建武中元二年,倭の奴国,貢を奉り朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武,賜ふに印綬(いんじゅ)を以てす。

2 順帝昇明二年,使を遣して上表して曰(いわ)く,「封国偏遠にして,藩を外に作(な)す。昔より祖禰(そでい),躬(みずか)ら甲冑を擐(つらぬ)きて,山川を跋渉(ばっしょう)し,寧処に遑(いとま)あらず。東のかた毛人を征すること五十五国,西のかた衆夷を服すること六十六国,渡りて海北を平ぐること九十五国。……」。……詔して武を使持節・都督倭新羅任那加羅秦韓慕韓六国諸軍事・安東大将軍・倭王に除す。

3 百残(百済)・新羅,旧(もと)是れ属民にして由来朝貢す。而(しかる)に倭,辛卯の年を以て,来りて□を渡り,百残を破り□□新羅,以て臣民と為す。

4 夫れ楽浪海中に倭人有り。分れて百余国と為る。歳時を以て来りて献見すと云ふ。

5 倭人は帯方の東南大海の中に在り。……今使訳通ずる所は三十国なり。郡より倭に至るには……南,邪馬台国に至る。女王の都する所なり。水行十日,陸行一月。……倭国乱れ,相攻伐して年を歴(へ)たり。乃(すなわ)ち共に一女子を立てて王と為し,名(なづ)けて a と曰(い)ふ。……(景初二年)十二月,詔書ありて倭の女王に報じて曰く,「……今汝(なんじ)を以て b と為し,金印・紫綬を仮し,……」。

6 大業三年,其の王多利思比孤(たりしひこ)使を遣して朝貢す。(c)使者曰く,「海西の菩薩天子重ねて仏法を興すと聞く。故に遣して朝拝せしめ,兼ねて沙門(しゃもん)数十人をして来りて仏法を学ばしむ」。其の国書に曰く,「日出づる処の天子,書を日没する処の天子に致す。恙無(つつがな)きや,云々」。(d),之を覧(み)て悦ばず,鴻臚卿(こうろけい)に謂ひて曰く,「蕃夷の書,無礼なる者有らば,復(ま)た以て聞する勿(なか)れ」。

 

(注) 鴻臚卿……外国や朝貢に関する事務を担当する官

 

問1 史料1から史料5までを,古い時代順に並べよ。

 

問2 史料1・2・4・5の史書名を,下記のア~オから選び,記号で答えよ。

ア 『魏志』倭人伝(『魏書』東夷伝倭人条)                   イ 『宋書』

ウ 『漢書』                       エ 『後漢書』                   オ 『隋書』

 

問3 史料1の印綬は福岡県志賀島で出土した金印といわれているが,その印面には,どのような文字が刻まれていたか。下記のア~カから選び,記号で答えよ。

ア 漢委国王            イ 漢奴国王            ウ 漢委奴国王        エ 委奴国王

オ 委国王               カ 委奴王

 

問4 史料2の順帝に上表した武は倭の五王の1人であるが,残る4人の倭王名を答えよ。

 

問5 史料2によれば,倭国はどのような状況であったのか。「加多支鹵大王」銘文のある稲荷山古墳出土鉄剣・江田船山古墳出土大刀の出土地を考えて,150字程度で述べよ。

 

問6 史料3は,何国の王の事業を記した碑文か,その国名を答えよ。また,当時の倭国が朝鮮半島南部に求めた資源は何であったか答えよ。

 

問7 史料5の空欄 a に該当する人名と,空欄 b に該当する称号を答えよ。

 

問8 邪馬台国の位置をめぐって,大きく分けると,A畿内説とB九州説がある。A説とB説では,邪馬台国とヤマト王権(政権)とはそれぞれどのような関係になるのか,150字程度で述べよ。

 

問9 史料6の下線部(c)の使者名と,下線部(d)の皇帝名を答えよ。またこの時,下線部(d)の皇帝はなぜ不機嫌になったのか。その理由について,それまでの両国の外交関係と比較する形で,70字程度で述べよ。

 

【2】 教育学部共通問題

次の文章を読んで,以下の問いに答えよ。

 

徳川家康によって江戸幕府が築きあげられる過程では,三河国出身の武士たちが数多く活躍していた。三河の一隅で15世紀前半の頃から活動の足跡を残しはじめた松平氏は,やがて西三河全域に勢力を展開していくことになる。16世紀半ばになると,松平氏は三河に隣接する尾張の( a )氏と(1)駿河・遠江の今川氏という(2)戦国大名にはさまれ苦闘するが,やがて1560年に( b )の戦いで今川義元が倒れると,その下に服属していた松平元康(徳川家康)が自立する。家康は三河を拠点としながら,次第に勢力を拡大し戦国大名化していった。そのため,家康の配下にいる武士たちの中心的な部分を,三河やその周辺地域の出身の者が占めることになったのである。

徳川氏が三河周辺の地域勢力であった頃から仕え,のち江戸幕府の下で大名となった家は( c )大名といわれた。彼らは石高は多くなくても(3)諸国の主要な地域に配置され,また老中のような幕府の中枢に立つ者を出すなど,江戸時代を通じて重要な役割を果たした。このように見てくると,三河は江戸幕府の母胎となった地ということができる。こうした歴史は比較的よく知られているが,三河の歴史にはさらに注目すべき側面があった。

江戸時代後期の19世紀はじめ,吉田(現在の豊橋)藩の藩校である時習館の教授として江戸から招かれてきた太田錦城は,三河の現地を訪れてはじめて,それまで徳川氏の膝元の江戸ではわからなかった「< A >」ということに気付いたと述べている。ひとつはもちろん江戸幕府の草創であるが,もうひとつは何を指しているのであろうか。それは足利氏によって室町幕府が誕生したことであった。

鎌倉時代前期,1221年に起こった兵乱である( d )のあと,おそらくさほど時日を経ずに足利氏が三河の守護になっている。以後,三河は足利氏にとっての重要な拠点となり,一族が国内の各地で勢力を蓄えた。(4)細川,仁木,吉良,今川,一色などの足利一門の名字(苗字)は,彼らが勢力を築いた三河の地名に由来している。(5)京都と鎌倉の中間点に位置する三河の地の利を押さえ,有力な一門の軍事力・政治力に支えられて,足利氏は室町幕府を草創することができた。三河は,室町幕府にとっても,母胎となった土地なのである。そのため,室町時代の三河は幕府の影響力が強く,多くの奉公衆がいたことが知られており,彼らに預けられた( e )も広く分布していたと思われる。

そうした三河で,あとから勢力を拡大することができた松平氏もまた,室町幕府と密接にむすびついた存在である。彼らは伊勢氏の被官であった。伊勢氏とは,幕府・足利将軍家の財政などを担当する( f )の執事として(6)将軍の側近の地位にあった一族である。その伊勢氏の下にいることで,松平氏は三河や京都での地歩を確立していくことができた。いわば三河は,まず室町幕府を生みだし,そのつながりからやがて松平氏を成長させ,江戸幕府の成立へと橋渡ししていった土地なのである。中世の三河国は,地域に刻まれた歴史が日本史全体を動かすような流れを作り出していた,大きな存在感をもつ地域であったといえよう。

 

問1 ( a )~( f )に入る語句を答えよ。

 

問2 下線部(1)に関連して,今川氏は室町時代の駿河守護から戦国大名に転化した家であった。一方で,多くの有力守護が,戦国大名化できずに没落していった。守護が戦国大名化しようとした時,どのような点が有利に働き,また阻害の要因となったか。考えられることを,それぞれ1つずつ簡潔に述べよ。

 

問3 下線部(2)に関連して,下記の史料ア~ウのうち1つは,ある戦国大名の分国法の一部である。それを選び,記号で答えよ。また,そこに示された政策は,戦国大名の領国支配の上でどのような意義を有したか,簡潔に説明せよ。

ア 天子諸芸能の事,第一御学問也,

イ 日本は神国たる処,キリシタン国より邪法を授け候儀,太(はなは)だ以て然るべからず候事,

ウ 喧嘩に及ぶ輩(ともがら)は,理非を論ぜず,両方共に死罪に行ふべきなり,

 

問4 下線部(3)について,①~③の地名(藩名)と正しく組み合わされる大名家名を記号で答えよ。時期は17世紀後半のものである。

 

① 彦 根                          ② 小 浜                          ③ 岡 崎

 

ア 水 野                          イ 井 伊                          ウ 酒 井

 

問5 < A >の部分には,前後の文脈から考えて,下記の史料ア~ウのうち,どれを引用することが妥当であるか。記号で答えよ。

ア (永禄3年5月)十七日,今川義元四万騎の兵を率(そっ)して(率(ひき)いて)三州池鯉鮒(知立)に至る。大神君(徳川家康)兵を発(おこ)して今川を援け給ふ。

イ (三河武士は)両度天下を取りたれども,この事世に知れるものなく,まして記載せるものもなし。

ウ この御家(松平氏)と申すは,第一御武辺(ぶへん),第二に御内(みうち)の衆に御情(なさけ)・御詞(ことば)の御念比(ねんごろ),第三に御慈悲,この三つをもつて続きたる御家なれども,……

 

問6 下線部(4)に関して,室町時代の細川氏について具体的な人名を任意に1人あげ,その活動の内容を簡潔に説明せよ。

 

問7 下線部(5)に関して,鎌倉時代の京都と鎌倉はそれぞれに重要な都市であったために,その中間地である三河が要地として機能していた。当時の京都と鎌倉がどのような都市であったのか,簡潔に説明せよ。

 

問8 下線部(6)に関連して,松平氏が三河で勢力を拡大する際には,なぜ幕府の権力者に従うことが必要であったのか,問題文に書かれたことから簡潔に説明せよ。

 

 

【3】 次の資料A~Fを読んで,各問に答えよ。なお,日付は公文書館に所蔵されている資料の日付であり,資料中の旧字は常用漢字に,カタカナの送り仮名はひらがなに改めている。また,一部省略している。

 

〔資料A(昭和4年6月26日)〕

締約国は,国際紛争解決の為戦争に訴えることを非とし,且つその相互関係において,国家の政策の手段としての戦争を放棄することをその各自の人民の名において厳粛に宣言す。

 

〔資料B(昭和17年2月18日閣議決定)〕

清新強力なる翼賛議会の確立を期する為,衆議院議員総選挙の施行せらるるに際し,一大挙国的国民運動を展開し,以て重大事局に対処すべき翼賛選挙の実現を期せんとす。

 

〔資料C(昭和20年8月9日閣議決定案)〕

敵の新型爆弾使用に対処し急速に之が対策を審議せしむる為,左記に依り新型爆弾対策委員会を設置す。(略)本委員会は主として左の事項を担任す。(一)被害情報及び戦訓の総合整理 (二)防衛体制の樹立 (三)敵爆弾の性能,製造能力の判断 (四)国民指導方針の立案

 

〔資料D(昭和47年3月21日)〕

アメリカ合衆国は,二に定義する琉球諸島及び大東諸島に関し,一九五一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第三条の規定に基づくすべての権利及び利益を,この協定の効力発生の日から日本国のために放棄する。日本国は,同日に,これら諸島の領域及び住民に対する行政,立法及び司法上のすべての権力を行使するための完全な権能及び責任を引き受ける。

 

〔資料E〕

<展示室1>

・自由は土佐の山間より

・近代日本の夜明け

・ E 運動の生成

・ E 運動の高揚

・ E 運動の衰退

・自由万歳

 

<展示室2>

・ E 運動の再燃

・ E 運動の終末

・自由大懇親会

・土佐の憲法草案

・ E 運動と女性

・ E 運動期の文学

・自由と平和

・近代日本の青春

・明治の土佐

 

〔資料F〕

第42条 日本の人民は法律上に於て平等となす。

第43条 日本の人民は法律の外に於て自由権利を犯されざるべし。

第44条 日本の人民は生命を全ふし,四肢を全ふし,形体を全ふし,健康を保ち,面目を保ち,地上の物件を使用するの権を有す。

第45条 日本の人民は何等の罪ありと雖も生命を奪はれざるべし。

 

問1 Mさんは,あるテーマで昭和史のレポートをつくるため,国立公文書館のホームページにある「公文書による日本のあゆみ」を調べた。資料A~Dは,公文書館に保存されている文書から作成したものである。資料A~Dについて,次の(1)~(4)に答えよ。

 

(1) 資料Aの国際条約を批准する際に,日本政府は,「人民の名において」という表現は日本には適用されないと宣言した。この表現がなぜ問題となったのか説明せよ。

 

(2) 資料Bについて,当時どのような目的でこのような運動が行われたのか説明せよ。

 

(3) 資料Cの爆弾は,戦後の世界の政治にどのような影響を与えたと考えられるか述べよ。

 

(4) 資料Dは,ある協定の一部である。資料の内容をわかりやすく簡潔に要約せよ。また,この協定は歴史上一般的に何と呼ばれる協定か。協定名を答えよ。

 

問2 Nさんは,ある県の施設(記念館)のホームページを調べた。資料Eは,その施設の展示テーマである。次の(1)~(2)に答えよ。

 

(1) 次に示すNさんが書いた,この施設の紹介文中の( ① )と E に適切な語句や人名を入れて,紹介文を完成させよ。

 

この施設は,高知県にあります。この施設がテーマとしている時期の日本では,政府の要職が鹿児島県や( ① )県出身者の一部によって独占されていました。人々はそれを批判し,国会開設を求めるようになりました。高知県からは,その動きの中心となる人々が多く出ました。この施設では,この地域からみた E 運動の歴史を学習することができます。

 

(2) 資料Fは,資料Eの展示の一部である。次に示すNさんの解説文の( ① )~( ④ )に適切な語句を入れて,解説文を完成させよ。

 

この資料は,1881年につくられたとされる「東洋大日本国国憲按」の一部です。この頃に民間で検討された憲法案を( ① )と呼んでいます。それらの中には,この資料のように基本的な( ② )を保障するような,今日から見て先進的なものもありました。しかし,政府は,これらの憲法草案を検討することはなく,( ③ )条例の拡大解釈により,このような動きを押さえ込もうとしました。この資料の先進的な考えが憲法として実現するのは,65年後のことです。これらの憲法案として,「東洋大日本国国憲按」のほかに( ④ )などが有名です。

 

【解答3】 

収録なし

 

《出典》『国立公文書館資料』

 

【4】

教育学部(初等教育(教育科学/音楽/美術/保健体育)/中等教育(音楽/美術/保健体育)/養護教諭/現代学芸(国際文化))…【1】【2】

教育学部(初等教育(社会)/中等教育(教育科学(免許社会)/社会))…【1】【2】【3】【4】

 

19世紀前半の内憂外患に対応した江戸幕府の政治・外交政策について,500字程度で説明せよ。そのさい,以下の用語は必ず用いること。なお,用語を用いる順序や回数は自由であるが,用語に下線をつけておくこと。

 

アヘン戦争               飢饉                          異国船打払令            上知令

渡辺崋山                   株仲間                      水野忠邦

 

【解答4】 

収録なし

 

 

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文化史を習得するために必要なことについてよく理解してくれている感想文だと思います。
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