「一生役に立つ」戦略的な思考力を養う日本史の実践道場

早稲田大学 人間科学部の日本史

2021年2月の人間科学部の問題をここで分析してみよう。

大問はⅠ〜Ⅴの5題で全問がマーク式となっている。Ⅰが原始・古代分野、Ⅱが中世分野、Ⅲが近世分野、Ⅳが近現代分野、Ⅴがテーマ史(2021年は古代〜現代の社会事業や社会福祉)が出題されるのは例年通りであった。各時代からバランスよく出題しようとする姿勢がみられる。

小問数は42個(20年も42個)。うち正文誤文判定問題が21個(20年20個)、語句選択問題が18個(20年19個)、年代整序問題が3個(20年3個)出題された。早稲田的な正文誤文判定問題の出来が合否を左右するという点では、早大他学部と同様である。正文・誤文判定させる選択肢文の作られ方も他学部(とくに法学部・商学部・教育学部)とよく似ているので他学部も含めた過去問研究がもっとも有効な対策となる。

 

それでは! 今ここで実際に人間科学部(2020年2月本試験)の大問Ⅱ(中世分野)を解いて実感しましょう。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」です。

2020年2月18日実施 大問2
次の文章を読み,問18に答えよ。解答はマーク解答用紙の該当する記号をマークせよ。

室町幕府は,南北朝内乱の過程でa観応の擾乱によって分裂の危機に瀕したが,それを乗り越え,南北朝も合体すると,ようやく安定期を迎えた。

幕府の中央機構としては,将軍を補佐する管領,京都の警備・刑事裁判などを担当するb侍所,一般政務・c幕府財政などを担当する政所,訴訟を担当する引付などがあった。

だが,幕府の安定は長くは続かなかった。将軍暗殺で幕府が揺らぐと,その隙を衝くように徳政一揆が起きた。これは将軍 1 の代始めの徳政を求めたものと考えられ,幕府は徳政令を出さざるをえなかった。この後もしばしば起きた徳政一揆に悩まされた幕府は,d分一銭という対策を生み出した。

室町幕府の経済政策としては,e撰銭令もあげておかなければならない。総じて室町幕府は経済的な問題と密接に関わっていた,あるいは関わらざるをえなかった政権といえよう。

15世紀後半,応仁の乱の勃発によって,幕府の勢威は衰退に向かった。地域権力の自律が進んでいき,幕府の膝下である山城においても国一揆が発生し, 2 氏の軍を国外に退去させるありさまだった。

ただ,それでも幕府はその後数十年にわたって命脈を保つ。支配領域は畿内近国に限られ,f権力闘争は激化していくが,とにもかくにも16世紀半ば過ぎまで幕府が存続したことは,それ自体興味深い問題といえよう。

1 下線部aに関連する事柄の説明として,誤っているものはどれか,1つ選べ。

ア 足利尊氏は南朝と和睦することがあった。
イ 足利直義は南朝と和睦することがあった。
ウ 高師直は足利直義と対立した。
エ 足利直義は兄尊氏の政務独占に不満を持って対立に至った。
オ 足利直義は旧来の秩序を重視していた。
正解を表示するエ 室町幕府の草創期は、兄の尊氏が武士に対する恩賞の授与や守護職の補任など軍事指揮権を持ち、弟の直義は民事裁判権など一般的な行政権(政務)を担当する二頭政治であった。よって、エは誤文。

2 下線部bの長官(所司)に任命される家柄である四職でなかった氏族はどれか,2選べ。

ア 京極
イ 赤松
ウ 伊達
エ 山名
オ 島津
カ 一色
正解を表示するウ,オ

3 下線部cに関連する事柄の説明として,正しいものはどれか,1つ選べ。

ア 将軍の直轄領である御料所は管領の管理に委ねられた。
イ 交通の要地に関所を置いて関銭や段銭を徴収した。
ウ 政所の長官は公方御倉と呼ばれた。
エ 土倉役・酒屋役の徴収は納銭方が請け負った。
オ 京都五山の僧侶は課税を免れた。
正解を表示するエ 山川用語集には納銭方の説明があるがやや難。なお政所の長官は執事(よってウは×)で伊勢氏が世襲した。室町幕府の政所は鎌倉幕府の政所と違い、主に財政事務を担当し、御料所の管理(よって、アは×)も担っていた。難問

4 空欄1に該当する人物は誰か,1人選べ。もし該当するものがなければ,カをマークせよ。

ア 義持
イ 義政
ウ 義勝
エ 義教
オ 義量
正解を表示するウ リード文の将軍暗殺というヒントから嘉吉の乱⇒嘉吉の徳政一揆は想起できるだろう。そこから6代将軍義教は出ても7代将軍義勝が出てこない受験生がいる。早稲田はこのような作問がされるので対応できる人になっていこう。

5 下線部dについての説明として,正しいものはどれか,1つ選べ。

ア 幕府が取り次いで債務者から債権者へ払い,返済を猶予した。
イ 幕府が取り次いで債権者から債務者へ払い,徳政一揆の襲撃を免れた。
ウ 幕府は債務者と債権者との間でこれを受け渡すことを禁じた。
エ 幕府はこれに関わる分一徳政令をしばしば発令した。
オ 幕府がこれに関わる分一徳政令を初めて出したのは,正長徳政一揆の時だった。
正解を表示するエ なお、分一徳政令が初めて発令されたのは1454年享徳の徳政一揆に際してである。

6 下線部eに関する説明として,誤っているものはどれか,1つ選べ。

ア 私鋳銭の横行が前提にあった。
イ 永楽通宝などの宋銭需要増大が前提にあった。
ウ 取引の時に良質な銭が好まれ,円滑な流通に支障が生じたことが前提にあった。
エ 良質な銭と悪銭との混入比率を定めたりした。
オ 戦国大名も発令した。
正解を表示する

7 空欄2に該当する名字はどれか,1つ選べ。

ア 畠山
イ 細川
ウ 斯波
エ 六角
オ 大内
正解を表示する

8 下線部fに関連する事柄Ⅰ~Ⅲを古い順から並べたとき,正しい組み合わせはどれか,1つ選べ。

Ⅰ 明応の政変が起きた。
Ⅱ 三好氏の権力が松永久秀にとってかわられた。
Ⅲ 細川晴元が京都をおさえた。

ア Ⅰ→Ⅱ→Ⅲ
イ Ⅰ→Ⅲ→Ⅱ
ウ Ⅱ→Ⅰ→Ⅲ
エ Ⅱ→Ⅲ→Ⅰ
オ Ⅲ→Ⅰ→Ⅱ
カ Ⅲ→Ⅱ→Ⅰ
正解を表示するイ 明応の政変は1493年に起きている。早大では「明応の政変」がしばしば出題されているのでここでチェックしておこう。幕府の実権が細川晴元⇒三好長慶⇒松永久秀へと移って行ったことはちゃんとおさえていたであろうか。

上記の問題(2020年2月18日実施)を、解いてみてどう感じましたか?

早稲田対策(過去問研究)をちゃんとやっている人であれば、高得点も可能ですがそれが甘い人(そもそも過去問研究をやってない人)は少し苦戦する感じですかね。なお、本問の難易度は早稲田の中では標準的です。2020年であれば本問より易しいと思われる大問が2題(ⅠとⅢ)、本問より難しいと思われる大問が2題で構成されていました。

 

なお、早稲田の過去問を解いて必要となる歴史用語レベルの細かさに驚いて「山川の用語集」の頻度数①・②をやみくもに覚えようとする受験生がいますがそれは超非効率な誤った早稲田対策と言えます。
早稲田は、「戦略的かつ効率的」な過去問研究をやった人が圧倒的に有利になる大学です。

吉田塾では、「戦略的かつ効率的」な早稲田対策の道筋を伝授しています。

早稲田の過去問研究を正しく行えば、やみくもに細かい知識を蓄えようとする受験生に比べて、覚える量を大幅にダウンサイジングしつつ、ライバルよりも高い点数(合格点以上!)をとることが可能なのです。

「敵を知り、己を知れば」百戦危うからず。

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