「一生役に立つ」戦略的な思考力を養う日本史の実践道場

東大の傾向と対策

東大の日本史(傾向と対策:過去問研究編)

東大の日本史論述問題は、その出題形式が他の大学の論述問題とはかなり違っています。そのため、東大日本史の出題形式に合った対策が必要です。

まずは、2018年2月本試験の問題を以下に掲載していますので、どんな形式なのかを実感するために一度じっくり読んでみてください。

第一志望合格のための戦略で一番大切なのは、「相手を知ること」です!

なお、東大が指定する1行とは30字です。よって2018年は2行(60字以内)~6行(180字以内)で答えることになります。

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2018年2月 東京大学 本試験問題

【1】

中国の都城にならって営まれた日本古代の宮都は,藤原京(694~710年)にはじまるとされる。それまでの大王の王宮のあり方と比べて,藤原京ではどのような変化が起きたのか。律令制の確立過程における藤原京の歴史的意義にふれながら,解答用紙(イ)の欄に6行(180字)以内で説明しなさい。なお,解答には下に示した語句を一度は用い,使用した語句には必ず下線を引きなさい。

 

官僚制
条坊制
大王宮
大極殿

 

【2】

次の(1)~(5)の文章を読んで,下記の設問A・Bに答えなさい。解答は,解答用紙(ロ)の欄に,設問ごとに改行し,設問の記号を付して記入しなさい。

 

(1) 『建武式目』第6条は,治安の悪化による土倉の荒廃を問題視し,人々が安心して暮らせるようにするためには,それらの再興が急務であるとうたっている。

 

(2) 室町幕府は,南北朝合体の翌年である1393年に土倉役・酒屋役の恒常的な課税を開始した。土倉役は質物数を,酒屋役は酒壺数を基準に賦課され,幕府の年中行事費用のうち年間6000貫文がここから支出された。

 

(3) 正長・嘉吉の土一揆は,土倉に預けた質物を奪い返したり,借用証書を焼くなどの実力行使におよんだ。嘉吉の土一揆は,それに加え,室町幕府に対して徳政令の発布も求めた。

 

(4) 室町幕府は,1441年,嘉吉の土一揆の要求をうけて徳政令を発布したが,この徳政令は幕府に深刻な財政難をもたらした。

 

(5) 室町幕府は,1455年の賀茂祭の費用を「去年冬徳政十分の一,諸人進上分」によってまかなった。

 

設 問

A 室町幕府の財政にはどのような特徴があるか。その所在地との関係に注目して2行(60字)以内で述べなさい。

 

B 徳政令の発布が室町幕府に深刻な財政難をもたらしたのはなぜか。また,それを打開するために,幕府はどのような方策をとったか。あわせて3行(90字)以内で述べなさい。

 

 

【3】

1825年,江戸幕府は異国船打払令(無二念打払令)を出した。この前後の出来事に関して述べた,次の(1)~(5)の文章を読んで,下記の設問A・Bに答えなさい。解答は,解答用紙(ハ)の欄に,設問ごとに改行し,設問の記号を付して記入しなさい。

 

(1) 1823年,水戸藩領の漁師らは,太平洋岸の沖合でイギリスの捕鯨船に遭遇した。彼らは,その際に密かに交易をおこなったとの嫌疑を受け,水戸藩の役人により処罰された。

 

(2) 1824年,イギリス捕鯨船の乗組員が,常陸の大津浜に上陸した。幕府および水戸藩は,この事件への対応に追われた。

 

(3) この異国船打払令を将軍が裁可するにあたり,幕府老中は,近海に出没する異国の漁船については,格別の防備は不要であるとの見解を,将軍に説明していた。

 

(4) 異国船打払令と同時に,幕府は関連する法令も出した。それは,海上で廻船や漁船が異国の船と「親しみ候」事態について,あらためて厳禁する趣旨のものであった。

 

(5) 1810年から会津藩に課されていた江戸湾の防備は1820年に免除され,同じく白河藩による防備は1823年に免除された。以後,江戸湾の防備は,浦賀奉行および房総代官配下の役人が担当する体制に縮小され,1825年以後になっても拡充されることがなかった。

設 問

A 異国船打払いを命じる法令を出したにもかかわらず,(5)のように沿岸防備を強化しなかった幕府の姿勢は,異国船に対するどのような認識にもとづいたものか。2行(60字)以内で説明しなさい。

 

B 異国船打払令と同時に(4)の法令も出されたことから,幕府の政策にはどのような意図があったと考えられるか。3行(90字)以内で述べなさい。

 

【4】

教育勅語は,1890年に発布されたが,その後も時代の変化に応じて何度か新たな教育勅語が模索された。それに関する次の(1)・(2)の文章を読んで,下記の設問A・Bに答えなさい。解答は,解答用紙(ニ)の欄に,設問ごとに改行し,設問の記号を付して記入しなさい。

 

(1) 先帝(孝明天皇)が国を開き,朕が皇統を継ぎ,旧来の悪しき慣習を破り,知識を世界に求め,上下心を一つにして怠らない。ここに開国の国是が確立・一定して,動かすべからざるものとなった。(中略)条約改正の結果として,相手国の臣民が来て,我が統治の下に身を任せる時期もまた目前に迫ってきた。この時にあたり,我が臣民は,相手国の臣民に丁寧・親切に接し,はっきりと大国としての寛容の気風を発揮しなければならない。

『西園寺公望伝』別巻2(大意)

 

(2) 従来の教育勅語は,天地の公道を示されしものとして,決して謬(あやま)りにはあらざるも,時勢の推移につれ,国民今後の精神生活の指針たるに適せざるものあるにつき,あらためて平和主義による新日本の建設の根幹となるべき,国民教育の新方針並びに国民の精神生活の新方向を明示し給うごとき詔書をたまわりたきこと。

「教育勅語に関する意見」

 

設 問

A (1)は,日清戦争後に西園寺公望文部大臣が記した勅語の草稿である。西園寺は,どのような状況を危惧し,それにどう対処しようとしたのか。3行(90字)以内で述べなさい。

 

B (2)は,1946年3月に来日した米国教育使節団に協力するため,日本政府が設けた教育関係者による委員会が準備した報告書である。しかし新たな勅語は実現することなく,1948年6月には国会で教育勅語の排除および失効確認の決議がなされた。そのようになったのはなぜか。日本国憲法との関連に留意しながら,3行(90字)以内で述べなさい。

 

☆上記の問題を読めば「東大の日本史」は他の難関大学(京大や一橋大など)の論述問題とは、かなり違うことが感覚的にでも分かるとはず。条件文と設問とのつながりや関係性を把握することがすごく求められていることを実感してほしいところです

また、設問に対する解答字数が少ないのも「東大の日本史」の特徴です。頭で解答すべき内容はバッチリわかっていても要求された字数では、十分に伝えきれない事態に陥る受験生が多くみられます。日ごろから、簡潔にまとめるテクニックをみがくことも重要となってきます。

吉田塾では、このような一般的な受験生にとっては手ごわく、対策がたてにくいと思われる「東大の日本史」の特徴を十分に踏まえた東大日本史対策を行っています。

また、吉田塾では「東大の日本史」を戦略的かつ効率的に攻略し、合格点がとれる答案が作れるようにするためのカリキュラムを個性別にいっしょに作っていきます。

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