いよいよ、明日がセンター本番ですね。今年の塾生は例年以上に志望大合格に
対する思いが強いので「吉田の戦略と予想問題」が功をそうすれば模試判定を
くつがえす合格者が多数出る雰囲気です。
センター用の予想問題も彼らの志望大(早稲田、慶応、同志社、上智、東大、一橋、京都府立大)などに
つながる少し難しい問題となってしまいました(苦笑)
その一部を公開(解答解説付き)しますのでセンターだけでなく、私大・国公立対策に向けても参加にしてもらえればと思います。
近現代関するA~Cの史料・グラフを読み,下の問い(問1~9)に答えよ。
 A 次の史料は、1887年10月に ア へ提出された三大事件建白書の一部である。(なお、史料は一部省略したり、中略したりしたところがある。)  
第一, 某等が政府に要むべきは、○a租税徴収を軽減するに在るなり。
第二, 某等が政府に要むべきは、○b言論集会を自由にするに在るなり。
第三, 某等が政府に要むべきは、外国失策を挽回するに在るなり。

  仰も、○c条約改正を為すは治外法権を破り、海関税権を収めんが為めなり。
 既に然せんと欲せば、 イ を許さざるを得ず。或いは外国裁判官の多数を以って成る。夫れ裁判官は国家三大権の一なり。是れ国民の特権を挙て外人に委するなり。         (『自由党史』)

 問1  下線部○aに関連して、地租について述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 地租改正によって発行された地券は、全国的な土地調査事業を行い、実際に耕作している農民に交付された。
② 農民の租税負担は、従来の年貢よりもむしろ大きくなる可能性があるとわかると各地で地租改正反対一揆が起こった。
③ 政府は、地租改正反対一揆が大規模に展開されると地租を地価の3%に軽減せざるを
えなくなった。
④ 農村の共有地である入会地は、温存されたが地価は確定され、地方税の対象となった。
問2  下線部○bを抑圧するための弾圧立法について述べた次の文X・Yについて,その正誤の組合わせとして,正しいものを,下記の①〜④から選びなさい。

X 讒謗律・新聞紙条例は、1875年の大阪会議後に発令された。
Y 治安警察法は、労働組合運動などを取り締まるために制定された。

① X-正 Y-正
② X-正 Y-誤
③ X-誤 Y-正
④ X-誤 Y-誤

 問3  下線部○cに関連して明治期の条約改正について述べた文として誤っているものを,次の①~④のうちから一つ選べ。 30

① 青木周蔵外相は、治外法権の撤廃を主として条約改正交渉を行い、順調に進んでいたが、
大津事件の発生により辞任し、条約改正も挫折した。
② 大隈重信外相は、外国人裁判官の任用を大審院に限定して治外法権の撤廃をめざした
が、右翼青年の襲撃に遭い負傷し、時の黒田内閣も総辞職となった。
③ 井上馨外相(外務卿)は、条約改正のため、極端な欧化政策や外国人裁判官の採用を認
めるなどの案を示したが、その内容が内外の批判を浴び辞任に追い込まれた。
④ 寺島宗則外務卿は、関税自主権の回復をめざし、条約改正交渉を進めアメリカの了解を
得ることに成功したが、ロシアの強い反対により挫折した。

問4  下線部○cを達成するために、政府は立憲国家をめざし、諸法典・制度の整備に力をそ
そいだ。これに関連して述べた文Ⅰ~Ⅲについて,古いものから年代順に正しく配列し
たものを,下の①~⑥のうちから一つ選べ。

Ⅰ 大審院の設置や第一回地方官会議の開催がきまった。
Ⅱ 従来の太政官制度を廃し、内閣制度を創設した。
Ⅲ ボアソナードを中心として、民法が編纂されたが、その内容について論争がおこった。

  ① Ⅰ-Ⅱ-Ⅲ     ② Ⅰ-Ⅲ-Ⅱ     ③ Ⅱ-Ⅰ-Ⅲ
④ Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ     ⑤ Ⅲ-Ⅰ-Ⅱ     ⑥ Ⅲ-Ⅱ-Ⅰ

B  ○d天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり。されば天より人を生ずは、
万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく、・・・・・・されども今広
く此人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富める
もあり、貴人もあり、下人もありて、其有様、雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。
其次第甚だ明かなり。・・・・・・                 『学問のスゝメ』
(史料は一部省略したり、書き改めたりしたところもある。)
                                
問5 Bの史料に関連して述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選
べ。
  ① 実学を重視し、西洋学問の導入の必要性と説いた。
② この史料は、合計340万部の大ベストセラーとなった。
③ この史料の著者は、史論『日本開化小史』を著した。
④ 国家の独立のためには、個人の独立が必要であると独立自尊の精神を説いた。

問6 下線部○dに関連して、この時期の人権や啓蒙思想について述べた文として正しいも
のを、次の①~④のうちから一つ選べ。

  ① 欧米の天賦人権思想が加藤弘之・島地黙雷らによって紹介された。
  ② 明六社が設立され、翌年明六雑誌が刊行された。
  ③ 中江兆民はミルやスマイルズの著書の訳書をあらわした。
  ④ 中村正直は、『民約訳解』をあらわし、東洋のルソーと呼ばれた。

問7 史料bの末文に続く文章として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
 
  ① 「その身を修め、智を開き、才芸を長ずるは学にあらざれば能はず。これ学校の
   設けある所にして・・・・・」
  ② 「実語教に、人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚
人との別は、学ぶと学ばざるとに由て出来るものなり。」
  ③ 「凡そ人の営むところの事、学あらざるはなし。・・・・・・・必ずむらに不学の
   戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す。」
  ④ 「学を修め、業を習い、以て智能を啓発し、・・・・・・・天壌無窮の皇運を扶翼
すべし。」

C 次のグラフは明治期における義務教育の就学率の変化を示したものである。
(男子  、女子  )

   (%)

      |← Ⅰ  →|←  Ⅱ →|←  Ⅲ →|←  Ⅳ →|                        

問8 上記の就学率グラフの変化について説明した文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。 35 

  ① Ⅰの時期には、義務教育でも授業料が有償であったため国民の大きな負担となり、反対一揆などもおこった。
  ② Ⅱの時期には、松方財政によるデフレ不況が影響し就学率の向上が一時止まった。
  ③ Ⅲの時期には、学校令が出され義務教育6年制が確立したので就学率が向上した。
  ④ Ⅳの時期には、義務教育機関の授業料無償化により女子の就学率も男子に追いつ
いた。

問9 上記のグラフ以降の日本の教育制度の移り変わりについて述べた次の文a~dについて、正しいものの組合せを、下の①~④のうちから一つ選べ 36

  a 1918年、寺内正毅内閣において大学令が出され、私立大学が認可された。
  b 1941年、小学校が軍国主義のもと国民学校と改称された。
  c 1947年、教育基本法が制定され、教育の機会均等・男女共学が規定された。
  d 1948年、教育委員会法により、教育委員の任命制が規定された。

 ① a・c   ② a・d   ③ b・c   ④ b・d

第5問 戦後の経済に関する次の文を読み,下の問い(問1~3)に答えよ。
 敗戦後の日本は、工業生産・農業生産が落ち込み、極端な物不足の状態であった。こ
 のような中で政府は紙幣を増発したため激しいインフレーションがおこった。政府は1
946年2月に金融緊急措置令を出して預金封鎖や新円発行を行ないインフレの収束を 
はかったが一時的な効果しかなく、慢性的なインフレは国民生活を圧迫し続けた。その後も政府は、傾斜生産方式を採用し、復興金融公庫から基幹産業の石炭・鉄鋼業に集中的に融資を行なうなどの政策をつづけたため工業生産の立ち上げには成功したがインフレは収まらず、○a根本的な解決はアメリカの占領政策の転換によるドッジ・ラインの実行を待たねばならなかった。
  朝鮮戦争の勃発によって国連軍の中心であったアメリカ軍から大量の物資発注を受け
た日本経済は朝鮮特需と呼ばれる好景気によって息を吹き返していった。その後○b195
5年~57年の神武景気、1959年~61年の岩戸景気と大型景気が続き高度経済成
長時代に入っていった。
 1960年代に入っても日本の経済は順調な発展を続け○cオリンピック景気を経て戦後
最長の大型景気であるいざなぎ景気を向かえることとなった。このような高度成長も1
970年代にはいると石油危機の影響を受けて終わりを告げ、1974年には戦後初の
マイナス成長を記録した。

問1 下線部○aに関連して述べた文として誤っているものを, 次の①~④のうちから一つ選
べ。

  ① 1ドル=360円の単一為替レートが設定された。
  ② 赤字を許さない超均衡予算が組まれ実行された。
  ③ インフレの沈静化の成功し、景気は好転していった
  ④ 同じ時期、シャウプ勧告によって税制は直接税(所得税)が中心となった。
問2 下線部○bに関連してこの時期の国民生活や経済状況について述べた次の文X・Yにつ
いて,その正誤の組合わせとして,正しいものを,下記の①〜④から選びなさい。

X 池田勇人首相は「もはや戦後ではない」と発表した。
Y NHKでテレビの本放送がはじまった。

① X-正 Y-正
② X-正 Y-誤
③ X-誤 Y-正
④ X-誤 Y-誤

問3 下線部○cの時期(オリンピック景気・いざなぎ景気)について述べた文として誤って
いるものを, 次の①~④のうちから一つ選
べ。
 ① 東京オリンピックが開催された年に東海道新幹線が開通した。
 ② 東京オリンピックが開催された年に日本は、OECDに加盟しIMF8条国に移行した。
 ③ 大阪で日本万国博覧会が開催された年にアメリカのニクソン大統領は金・ドル交
換停止の発表を行った。
 ④ 日本は、1968年には西ドイツを抜いて国民総生産額(GNP)がアメリカに次ぐ資
本主義国第2位の地位をしめた。

第5問
問1 ② ①では、耕作者ではなく所有者 ③地租は地価の3%から2.5%となった。
  ④入会地は温存されず、所有者不明の土地は官有地に編入された。
問2 ① この機会に讒謗律・新聞紙条例(1875)、集会条例(1880年)、保安条例(1887
年) 治安警察法(1900) 治安維持法(1925年)の流れをおさえておこう。
問3 ④(ロシアではなく、当初はイギリスの強い反対にあった) なお、本問は時代順に
並びかえる問題も頻出する。時代感覚を強化しておこう。
問4 ① Ⅰは大阪会議の年(1875年) Ⅱは1885年 Ⅲの民法典論争は1890年
問5 ③(『日本開化小史』ではなく、『文明論之概略』)
問6 ② ①は島地黙雷(浄土真宗)は、明治期の仏教覚醒者でセンター穴埋め問題に出題
されたこともある。 ③は中村正直の『自由之理』と『西国立志編』 ④は中江兆民
問7 ② ①③は1872年の「学事奨励に関する太政官布告」(山川p270) ④は教育
勅語(1890年)
問8 ③(学校令は1886年だが、義務教育6年制が確立したのは1907年) 山川p310を読み込もう!
問9 ④ではなく③ aは寺内正毅ではなく、原敬。 dは任命制ではなく、公選制。

第6問
問1 ③(デフレ不況に陥り、1949年には下山事件・三鷹事件・松川事件がおきた)
問2 ④ 「もはや戦後ではない」は1956年の経済白書で示されたフレーズで戦後復興と
いう意味での経済成長の段階を超えた高度成長期に入ったことをあわわす。テレビ本
放送は1953年。
問3 ③(大坂万博は1970年 金・ドル交換停止の発表は1971年) ①②の事項はすべて
1964年。なお、2019年のセンター試験はPKO協力法(1992年)まで出題された。よっ
て、経済史も平成景気(1986年〜1990年)とバブル崩壊までおさえておいた方がよいか
も。