「一生役に立つ」戦略的な思考力を養う日本史の実践道場

早稲田大学 文学部の日本史

近年(2023年、2024年)の早大文学部の過去問を分析しよう!

本学部の「傾向と対策」を読む前後に早稲田を複数学部受験する人は、ぜひ早稲田の日本史(全体分析)を読むことをお勧めします。とくに近年は、早稲田においても「共通テスト」を意識した問題や歴史総合を意識した問題作成が行われたものが散見されています。この新傾向(新形式)っぽい問題について分析したものを追加しましたので来年の本試験問題につながる可能性が高いです!

例年、大問が6題出題されており、大問Ⅰでは考古学分野からの出題が定番化している。大問Ⅱ=古代 大問Ⅲ=中世 大問Ⅳ=近世(幕末も含む) 大問Ⅴ=近現代 大問Ⅵ=図版を用いた文化史の出題が続いている。

過去問研究すれば、文学部においても早稲田的正文誤文判定問題の出来が得点を左右することがわかる。また、記述問題の個数も多いので歴史用語を正しく漢字で書ける訓練をしておきたい。知っていても書くとなると難しい漢字も毎年出題されているので注意が必要です。(2024年島津斉彬 2023年 林銑十郎 2019年伊治呰麻呂、2018年流鏑馬・山鉾など)

☆最新の文学部の日本史攻略の重要ポイントは、この3つにある!

①大問1は例年、原始時代(旧石器時代・縄文時代・弥生時代)から出題されている。

2024年は出題されなかったが、例年必ず考古学分野の問題が出題される。早大の他学部(法学部や商学部)では、まず出題されない分野なので文学部の強い意思を感じます。この文学部の意思をしっかり感じとるためにも、早大文学部の大問Ⅰの過去問を以下に公開しているのでぜひこの機会に解いて体感しよう。「百聞は一見に如かず」だ。

②大問6は例年、図版を用いた本格的な文化史(とくに美術史や工芸史)の大問が出題されている。

問題作成者の美術・工芸史に対する強い思いが、ストレートに表れたリード文や設問であったりします。図版も必ず出題され、全体的に難度が高い年度も多いので、腰を据えた本気の文化史対策が必要です。その必要性を実感するための大問Ⅵを掲載しました! 今ここで解いて実感してください。「彼を知り、己を知れば百戦危からず」です。

③文学部の近年の傾向として史料問題が出題されはじめている点に注意だ。

従来の文学部では、ほとんど出題されていなかったので今後は注意が必要だ。
その傾向を示す史料問題を以下に公開しているので参考にしてください。

 

☆文学部定番の大問Ⅰを知る!(2023年2月本試験)
2023年2月本試験

次の文を読んで,問に答えなさい。

18776月に初来日したエドワード・シルヴェスター・モースは,横浜から新橋に向かう汽車の車窓から A 貝塚を発見した。太古の日本において貝類を捕食した原住民がいたことを直感し,同年9月から発掘調査を敢行した。発掘調査は日本人学生の佐々木忠次郎らを伴い,間欠的な調査であったが,土器や石器,骨器,土製品,動物骨など多数の遺物が出土し,太古の人民の生活の痕跡を科学的に明らかにした。その成果は詳細に報告され,1879年に英文報告書が東京大学から刊行された。その中で“cord marked pottery”と形容された焼き物が,今日の B の名称の語源になった。薫陶を受けた上記の学生は,その後,茨城県陸平(おかだいら)貝塚で独自に発掘調査をおこなったが,それは日本人による最初の学術発掘といわれる。モースは研究と教育の両面で優れた手腕を発揮し,後進を育てたといえるだろう。

モースは東京大学に初代の動物学教授として迎えられたが,本来,日本近海にすむ現生貝類(腕足類)の調査研究が来日の目的であった。はからずも偶然の発見が日本の考古学の発展に寄与したわけである。

発掘調査以外で,モースが多くの人々の注意を引いたものとして,ダーウィンの C の講義があったことはよく知られている。それに反対するキリスト教宣教師を兼ねた外国人教師との衝突も激しかった。しかし,浅草の井生村楼(いぶむらろう)や文部省修文館等で開催されたモースの公開講演会に,皇族をはじめ三条実美,岩倉具視,伊藤博文,大隈重信,山県有朋,西郷従道ら錚々たる政界のトップ,高級将校,高級官僚らが多数駆けつけ聴講したのは,彼らが C などの斬新な欧米の科学知識や西洋文明に深い関心を懐いた証拠である。

政界とのつながりから,モースは大隈重信とも親交を結び,大隈が1882年に創立した D の開校式に招かれたり,1883年新年の教授始め式で講演したほか,大隈私邸に何度か足を運んでいる。モースは人を説得する話術に長けていたらしく,大隈はモースの提言を広く受け入れている。大隈が所有する郷里 E 藩の陶磁器コレクションなどを所望されるままにモースに与えてしまったというエピソードが残っている。

それらの陶磁器類は,モースが関西,瀬戸内方面を中心に各地で収集したコレクションと共に米国のボストン美術館に引き取られた。ボストン美術館刊行の『モース日本陶磁器コレクションカタログ』には,多くの陶磁器類とともに A 貝塚から出土した土器破片10点余りと石膏の模型が収録されている。帰国後に自身が著したa日本滞在中の記録からは,動物学や考古学の学術を超えて,モースが日本文化や歴史を愛し深い関心を寄せていたことがうかがわれる。また,お雇い外国人教師として,b宣教師を兼ねない米国人科学者を東京大学に推薦・紹介したこともモースの科学者としての一面を示していると言えるだろう。

 

〔問〕

1 空欄Aに入る適切な貝塚名は何か。漢字2字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する大森

2 空欄Bに入る適切な用語は何か。漢字4字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する縄文土器

3 空欄Cに入る適切な用語は何か。漢字3字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する進化論

4 空欄Dに入る適切な用語は何か。漢字6字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する東京専門学校

5 空欄Eに関して藩名として正しいものはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
ア 熊本
イ 佐賀
ウ 薩摩
エ 福岡
オ 延岡
正解を表示する

6 下線aに関して著書名(日本語訳題)として正しいものはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 『日本史』
イ 『東洋美術史綱』
ウ 『考古説略』
エ 『菊と刀』
オ 『日本その日その日』
正解を表示する

7 下線bに関してモースが推薦した物理学の米国人教師はだれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
ア T. メンデンホール
イ E. ナウマン
ウ W. S. クラーク
エ J. ヘボン
オ G. フルベッキ
正解を表示する

↑本問は、文学部の大問Ⅰとしては易しめの問題となっているので考古学分野(少し細かい遺跡や遺物の知識が要求される年もある)が苦手な受験生もぜひ解いて傾向をつかんでほしい。

☆文学部定番の大問Ⅵを知る!(2024年2月本試験)
2024年2月本試験

次の文を読んで,問に答えなさい。

日本絵画史の流れにおける女性表現をたどってみると,奈良時代の作例としては,a正倉院宝物の『鳥毛立女屛風(樹下美人図)』や薬師寺の『吉祥天像』をあげることができる。いずれも中国や西域からの影響が色濃い作例であり,この時代には,異国の女性像に理想的な人物イメージを求める傾向が強かったことがわかる。

平安時代前期においても,密教の影響により仏教彫刻にエキゾティックな女性イメージを見せる作品がある。法華寺の『十一面観音立像』はインド的な雰囲気すら漂わせる。この『十一面観音立像』には,光明皇后がモデルであるという伝承がある。その背景には, A や施薬院を設置するなど光明皇后がおこなった救済事業の記憶があずかっているのかもしれない。平安時代後期に入ると,国風文化の発展とあいまって,日本女性が絵巻物などに数多く登場するようになった。

江戸時代に浮世絵が誕生すると,描かれる日本女性は格段に増加した。その代表例がb菱川師宣作『見返り美人図』である。また,錦絵の開祖である B は華奢な体つきの女性を描き, C は顔と上半身を中心にクローズアップした大首絵の美人画を得意とするなど,バラエティにとんだ女性像が相次いで生み出された。しかし浮世絵の主眼とするところは,美しい人体表現よりも,むしろ衣装美にあった。

明治時代,フランスへ留学した洋画家c黒田清輝が相次いで全身ヌードの女性像を発表したが,公序良俗を乱す絵と感じる観客もおり,裸体画論争が起こる。1901年の白馬会展では,黒田が描いた全身ヌード像は下半身を布で隠して陳列される,いわゆる「腰巻事件」へと発展した。

大正から昭和初期になると,d最新流行の洋装と断髪で盛り場を出歩く女性たちが,グラフィックデザインの格好のテーマとなった。彼女たちの姿は,1927年に「東洋唯一の地下鉄道」として上野~ D 間に開通した地下鉄のポスターにも,杉浦非水によって描かれた。

 

〔問〕

1 下線aについて。駱駝に乗った異国風俗の楽人をデザインしているものはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 紺瑠璃坏
イ 漆胡瓶
ウ 白瑠璃碗
エ 平螺鈿背八角鏡
オ 螺鈿紫檀五弦琵琶
正解を表示する

2 空欄Aに入る語句は何か。漢字3字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する悲田院

3 下線bについて。誤っているものはどれか。2つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 師宣は安房国(千葉県)の出身である。
イ 師宣は18世紀の江戸で活動した。
ウ 女性は白い着物をまとい,黒髪を束ねて頭上でまとめている。
エ 女性は顔の右半分だけを見せている。
オ この作品は肉筆画である。
正解を表示するイ・ウ

4 空欄BCについて。正しい組み合わせはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。


B
 喜多川歌麿
C
 東洲斎写楽


B
 喜多川歌麿
C
 鈴木春信


B
 鈴木春信
C
 喜多川歌麿


B
 鈴木春信
C
 東洲斎写楽


B
 東洲斎写楽
C
 喜多川歌麿

正解を表示する

5 下線cについて。水辺で憩う日本女性を油彩で描いた作品はどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 海の幸
イ 湖畔
ウ 天平の面影
エ 読書
オ ゆあみ
正解を表示する

6 下線dについて。彼女たちは何と呼ばれたか。カタカナ2字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示するモガ

7 空欄Dについて。図1はこの盛り場の絵葉書である。正しい地名はどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい(図は一部加工してある)

著作権処理の都合により画像差替
ア 浅草
イ 銀座
ウ 渋谷
エ 新宿
オ 新橋
正解を表示する

2018年 文学部 大問6

次の文を読んで,問に答えなさい。

日本絵画史上の作品のなかで,もっとも人々の心をくすぐる「ゆるキャラ」のひとつに,俵屋宗達の描いた『風神雷神図屛風』(国宝)があげられる。この作品は京都五山のひとつである A に所蔵されるもので,これを原本として,同じ図様の『風神雷神図屛風』(東京国立博物館蔵)a尾形光琳が描き,さらにそれを継承するかたちで酒井抱一や鈴木其一が同じ画題を手がけた。血縁や師弟関係をともなわない「琳派」が流派の証しとした,いわば血統書のような画題であった。
この,風神雷神を絵画化することは,古くは6世紀の敦煌莫高窟壁画において,すでにおこなわれていた。奈良時代の作例では,釈迦の前世の物語を主題とし,絵巻物の先駆けといわれる『過去現在 B 』にも,風神雷神の姿が描かれている。さらに,鎌倉時代の絵巻物では『北野天神縁起絵巻』に,雷神の姿となった菅原道真の怨霊が清涼殿を襲う場面が登場する。また同じく鎌倉時代に作られた,彫刻作品として最古の風神雷神像の遺例が,b三十三間堂に現存している。
これらの図像を利用して,俵屋宗達は風神雷神の二神のみを組み合わせた独自の画面を作り上げたと考えられているが,そればかりでなく,まったく別の図像からアイデアを借用した可能性も指摘することができる。図版1は,修験道の聖地である大和国の C から出土した平安時代の『押出蔵王権現像』であるが,右腕と右足を振り上げて伸び上がるポーズは,宗達の風神雷神のうち D の図像ときわめて似かよっている。
京都で宗達が活動していた同じころ,江戸の周辺でも風神雷神の造形化がおこなわれていた。それが1635年ころにc日光東照宮の陽明門に安置するため作られた風神雷神の彫像である。この彫像は鎌倉時代の三十三間堂像を手本として制作された。また同じころ,江戸における庶民信仰の中心である浅草寺雷門にも風神雷神像が設置された。
現代でも,風神雷神の図像はあちこちに息づいている。たとえば映画監督 E が特殊技術撮影を手がけた『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(1966年東宝公開)の宣伝ポスターなどには,やはり宗達の風神雷神に対する意識が強く見られる。今なお,宗達の図像は時を越えて継承され続けているのである。

 

(著作権処理の都合により図版1省略)

〔問〕
1
 空欄Aに入る言葉は何か。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 建仁寺
イ 相国寺
ウ 天龍寺
エ 東福寺   
オ 南禅寺
正解を表示するア 教科書掲載レベルの絵画は、その関連事項も含めて徹底チェックする姿勢が大切であることを教えてくれる問題だ。

2 下線aについて。光琳の代表作『燕子花図屛風』は,ある人物が三河国八橋で「かきつばた」の5文字を和歌に詠みこんだという故事にもとづく(折句)。その典拠である文学作品の題名は何か。漢字4字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する伊勢物語 これは難問、捨て問と考えても良いだろう。

3 空欄Bに入る言葉は何か。漢字4字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する絵因果経 現存最古の絵巻物として有名。図版(資料集)で丁寧に確認しておこう。

4 下線bについて。この仏堂の本尊である木造千手観音坐像の作者は誰か。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 運慶
イ 快慶
ウ 康慶
エ 定朝
オ 湛慶
正解を表示するオ 湛慶は、一般入試では難問の部類に入るが「早大文学部の文化史対策」の視点から言えば、得点は可能である。過去問研究をしながら教科書をベースに用語集でチェックする人とそんことしない人でちょうど差のつく問題である。

5 空欄C-空欄Dの組み合わせとして正しいのはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
ア 大峰山-雷神
イ 葛城山-風神
ウ 金峰山-風神
エ 熊野山-雷神
オ 高野山-雷神
正解を表示するア 空欄C(大峰山)を特定することは難しい。しかし、空欄Dは図版対策していたら雷神(風神はあり得ない!)とすぐわかるので、アとエの2択に絞ることはできる。

6 下線cについて。この霊廟建築はどこの本殿建築様式を受け継いだものか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
ア 伊勢神宮
イ宇佐八幡宮
ウ 春日神社
エ 北野天満宮
オ 日吉神社
正解を表示するエ 日光東照宮(権現造)が、北野天満宮様式であることを問うのは難。

7 空欄Eについて。「特撮の神様」と呼ばれ,ゴジラをはじめ優れたキャラクターをいくつも生み出したこの人物は誰か。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
ア 小津安二郎
イ 木下恵介
ウ 黒澤明
エ 円谷英二
オ 溝口健二
正解を表示するエ ゴジラ・モスラ・ウルトラマンと言えば円谷英二(つぶらやえいじ)というのは問題作成者世代の男子なら常識だが、今の受験生には酷かも。ウの黒澤明とオの溝口健二はこの機会にちゃんとおさえておこう。

☆吉田の視点

早大文学部の大問6(文化史)を2年分解いてみてどう感じましたか?美術史・工芸史を中心とした文化史に強いこだわりを持った人が、毎年大問6を作成していることが実感できたと思います。2018年の大問6は、とても難しいと感じたことでしょう。この大問を得点化するには、まず教科書掲載レベルの絵画・建築物・彫刻(仏像)を中心に図版(資料集)と用語集を利用しながら過去問研究をペースメーカーにして効率的にカバーして行く必要があります。

↑早大文学部の大問Ⅵに対するこだわりがよくわかる大問を2題あげておきます。
文学部が第一志望の受験生はぜひ解いて効率的な対策法を確立してほしいところです。

☆文学部の史料問題を知る!(2023年2月本試験 大問Ⅲ)
2023年2月本試験 大問Ⅲ

次の史料を読んで,問に答えなさい。

史料ⅰ

二品,家人等を簾下(れんか)に招き,秋田城介景盛を以て,示し含めて曰わく,「皆心を一にしてうけたまわるべし。これ最期の詞なり。故右大将軍,朝敵を征罰し,関東を草創してより以降,官位と云い,俸禄と云い,その恩,既に山岳よりも高く,溟渤(めいぼつ)よりも深し。a報謝の志,浅からんや。しかるに今,逆臣の讒により,非義の綸旨を下さる。名を惜しむの族,早く秀康・胤義等を討ち取り,三代将軍の遺跡を全うすべし。ただし,院中に参らんと欲するの者,只今申し切るべし」てえり。

(『吾妻鏡』)

 

史料ⅱ

二品禅尼,有勢の武士を庭中に召し集めて語らいていわく,「おのおの心を一にして聞くべし。これは最後の詞なり。故大将家,b伊予入道・八幡太郎の跡を継ぎて,東夷をはぐくむに,田園身をやすくし,官位心にまかする事,重恩すでに須弥(しゅみ)よりも高し。報謝のおもい大海よりも深かるべし。朝威をかたじけなくする事は,将軍四代のいまに露塵あやまる事なきを,不忠の讒臣等,天のせめをはからず,非義の武芸にほこりて,追討の宣旨申し下せり。なんじはからずや,男をばしかしながら殺し,女をばみな奴とし,c神社・仏寺,塵灰となり,名将のふしどころdにすかれ,東漸(とうぜん)の仏法なかばにして滅びん事を。恩を知り名を惜しまん人,秀康・胤義を召し取りて,家を失わず,名を立てん事をおもわずや」と。

(『六代勝事記』)

〔問〕

1 下線aに関連して,鎌倉幕府において将軍の御恩に対して御家人が果たすべき奉公のうち,内裏の諸門などを警備する役務は何か。漢字5字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する京都大判役

2 下線bについて述べた文のうち正しいものはどれか。2つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 伊予入道は源義親で,房総半島沿岸部の海賊を鎮圧した。
イ 八幡太郎は源義経で,北陸から京へ迫り平氏を都落ちさせた。
ウ 伊予入道は源義朝で,保元の乱において平氏に敗れ処刑された。
エ 八幡太郎は源義家で,出羽の豪族である清原氏の内紛に介入した。
オ 伊予入道は源頼義で,陸奥守となり現地の豪族の安倍氏と対立した。
正解を表示するエ・オ

3 下線cに関連して,神を本地とし仏を垂迹とする立場から唯一神道を創唱した人物は誰か。漢字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する吉田兼倶

4 下線dに関して,中世の畑作について述べた次の文XYZの正誤の組み合わせのうち,正しいものはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
X 草戸千軒には,大規模な野菜畑がひらかれた。
Y 食用油の原料として,荏胡麻の栽培が西日本でひろまった。
Z 室町時代の畿内では,麦と蕎麦を裏作とする三毛作がおこなわれた。


X
-正
Y
-正
Z
-誤


X
-正
Y
-誤
Z
-誤


X
-誤
Y
-誤
Z
-正


X
-誤
Y
-正
Z
-正


X
-誤
Y
-正
Z
-誤
正解を表示する

5 史料ⅰの典拠である『吾妻鏡』は,13世紀末~14世紀初頭頃に成立したとされる鎌倉幕府の歴史書である。この時期の出来事について述べた次の文XYZを年代順に並べた組合せのうち,正しいものはどれか。1つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。
X 鎌倉幕府が,永仁の徳政令を発した。
Y 後醍醐天皇が即位し,親政を開始した。
Z 内管領の平頼綱が,安達泰盛を滅ぼした。

ア XYZ
イ XZY
ウ YZX
エ ZXY
オ ZYX
正解を表示する

6 史料ⅱの典拠である『六代勝事記』は,後堀河天皇(在位12211232)の時代に,京都の貴族により著されたとされる歴史書である。この時期に関白などとして貴族社会で権勢を誇り,息子が鎌倉幕府4代将軍となったことでも知られる人物は誰か。漢字で記述解答用紙の解答欄に記入しなさい。
正解を表示する九条道家(藤原道家)

7 史料ⅰ・ⅱに関して述べた文のうち適切なものはどれか。2つ選び,マーク解答用紙の該当する記号をマークしなさい。

ア 史料ⅰと史料ⅱはいずれも,後鳥羽上皇が北条義時の追討命令を発したとの情報がもたらされた時の鎌倉幕府の様子について記した史料である。

イ 史料ⅰの典拠となっている『吾妻鏡』は鎌倉幕府みずから編纂した公式の歴史書であり,史料ⅱの典拠となっている『六代勝事記』より成立も古いことから,信憑性が高い史料である。

ウ 史料ⅰと史料ⅱはいずれも,北条政子が御家人たちに向けて演説する場面を描いており,内容に類似点が認められるが,史料ⅱは鎌倉幕府の歴史書である史料ⅰを参考にして書かれた可能性が高い。

エ 史料ⅰでは鎌倉幕府を創始した源頼朝の功績が語られているのに対して,史料ⅱでは源頼朝の功績の前提として源氏の先祖への言及も見られる。

オ 史料ⅰと史料ⅱはいずれも,1221年に勃発した戦乱に関する史料であるが,鎌倉幕府が編纂した史料ⅰでは後鳥羽上皇の政治が批判されているのに対し,貴族が著した史料ⅱでは北条義時の横暴が非難されている。
正解を表示するア・エ

↑文学部においても、今後は本問のような史料文の読解を必要とする大問が出題される可能性が高くなっていくと吉田はみています。

 

吉田塾では、上記のような「早大文学部」特有の問題に対応した対策(指導)も行っています。解いてみるといかに早稲田合格のためには、「過去問研究」が大切かが分かったと思います。

「彼を知り、己を知れば百戦危からず」

さらに詳しい「早大文学部」対策が知りたい人はお問合せ頂ければ、「戦略的かつ効率的」に攻略する道筋の一部を吉田塾が最も大切にする丁寧なカウンセリング(無料)やお試しミニ講座(1対1のZoom講座)においても伝授しています。

本気の早稲田大志望者を本気で応援する吉田塾でありたいと思っています。

吉田塾「夏期講習」実施受付中!

吉田塾では、志望大学(学部傾向がある大学の場合は志望学部)の傾向にピッタリ合った学習を進める時期、スタートアップ期間として夏期が非常に重要であると考え、「志望大学」と「今の自分」にピッタリ合ったオリジナルの講座を綿密な打ち合わせを行った上で個別に作成(プログラム)して夏期講習を実施しています。

まずは無料のカウンセリング(Zoom)にて志望大学とあなた自身の現状についてじっくり共有した上で、この時代をやるべきだ!(このテーマをやるべきだ!)との判断のもと「体験授業」を受けてもらいます。

この一連の流れの中で披露させて頂く吉田塾の「合格戦略」や「効率的な日本史の勉強法など」が自分に合うとの手ごたえを持った受験生のみ入塾していただくスタイルを吉田塾では取っております。それゆえ、吉田塾では、カウンセリングや体験授業の後にしつこく入塾の勧誘やメールをする行為は一切いたしません。

吉田塾の個性別・志望大学別夏期講習を受講し、見事第一志望に合格した受講生の夏期講習プランはこちらから

一橋大学社会学部志望のAさんの場合
数学がとても苦手な彼女には、まず夏期の前半・中盤は数学の基礎固めと得意な英語をさらに磨くことを最優先した方が良いとカウンセリングで提案しました。そして、満を持して8月20日以降に「一橋大学の日本史」に向けた夏期集中講座(全5回)を設定しました。一橋で頻出するテーマを「吉田の板書」とオリジナルテキスト(一橋大のための論述お作法を知る)を駆使した講座が彼女には余程合ったいて手ごたえを掴んだようで追加講座も行うことになりました。結果、11月の一橋のオープン模試や実戦模試でも高得点を取るに至り、受験本番では数学が大問1題しか解けなかったにも関わらず、日本史をすべて完答するパフォーマンスを発揮して見事、社会学部に合格してくれました。

早稲田大学文学部・文化構想学部合格をめざすBさんの場合
彼女は、英語はそこそこ出来て国語が得意なタイプで日本史について苦手意識がとても強かったので「お試し講座」(30分)を延長して本気の「流れをつかむ板書」講義を展開したところ「目から鱗」的な感動と手ごたえを掴んでくれたようです。
そのため夏期は、各時代の政治史の流れを把握するための板書講義に特化した夏期講習を受講したところ秋以降の模試では、どんどん点数を上げて行ってくれました。
河合塾共通テスト模試は8月が34点⇒プレテストでは77点、そして、日本史が苦手な受験生にとっては、とても難しい早稲田大学の日本史でも文学部において76%(自己採点)と凄い成長を見せてくれました。

早稲田大学法学部合格をめざすC君の場合
カウンセリング(打合せ)によって導き出された現状把握の上で、英語はまずまずだけど国語が苦手(とくに早稲田の国語)なので弱点の国語をある程度カバーできるくらいに日本史で得点を稼ぐという合格戦略に則した夏期計画を立てた。
扱う時代は、近現代を中心とした。その理由は、彼の高校の進度では11月や12月にならないと昭和をやらない。しかし、早稲田の法学部は近現代分野からの出題量が多く、この時代の大問は一般的な受験生にとっては手ごわい「早稲田特有の未見史料問題」が頻出する。吉田塾で近現代分野を夏期期間に履修しておけば、11月初めから本格的に始めなければならない早稲田対策の実戦演習にスムーズに入ることが可能となる。このメリット(有効性)を強く意識した夏期講習プランと言えます。

早稲田大学商学部合格をめざすD君の場合
彼は、とにかく早稲田の商学部が断然の第一志望であることがカウンセリングで分かったので「早大商学部の日本史」において最も高い点数をたたき出すことができるようなカリキュラムを一緒に作成して行きました。
早大商学部では、近現代史の中でもとりわけ経済史に強くないとハイスコアを得ることができない大問が頻出します。そのため、短文論述問題対策(詳しい添削指導付き)も含めた「近現代の経済史」中心の夏期講習(全7回)を行いました。この効果もあってか、本番の早大商学部の論述問題(80字)では、完璧な解答文を書くことが出来た!と嬉しい報告がありました。

慶応義塾大学文学部合格をめざすEさんの場合
大問4と大問5で出題される本格的な未見史料問題(史料の読み取り)にもとづく論述問題(100字)がとても自分で対策できる自信がなく途方に暮れていたところ、ネットで検索していたら吉田塾を見つけカウンセリングとお試し講座(史料対策と「論述のお作法」)を受けてくれました。
自分の弱点補強にピッタリ合った講座をいっしょに構築していく吉田塾のスタイルを彼女はとても気に入ってくれたので、「慶応の文学部」の傾向や出題形式の則した①史料の読み取り講座(全2回)と②論述の書き方講座(3回)を設定し夏期集中講座を行いました。これにより、秋以降の志望大学対策の指針が立って安心感が得られたとの感想をもらっています。

慶応大学経済学部が第一志望のF君の場合
論述問題がない私大型の入試問題にはある程度対応できる彼でしたが、カウンセリング(無料)やお試し講座(無料添削)において論述問題が全く解けない(書けない)ばかりか、設問に関係する教科書を読んでから解答文を書いてもらっても大幅に減点される解答文しか書けないことが判明しました。
「今の自分を知ったのです」
よって、「基礎からはじめる論述問題のお作法講座」(慶応大学経済学部の日本史)を受講することになりました。この講座によって論述問題に対応できる教科書の読み込み方法を体得した彼は、秋以降急速に日本史の得点能力を上げて行くことに成功しました。

吉田塾とは何か
塾長 吉田健志のプロフィール

お問い合わせ・無料カウンセリング・お試し講座の申し込みはこちらから!

大学受験のための日本史・世界史

大学受験のための日本史・世界史

PAGETOP
Copyright © 吉田塾 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.